時の流れに身をまかせ 2024

本日、Maruは○○才の誕生日を迎えました。

毎年のように年を重ねていきますが、今年もまたひとつ重ねました。
季節が巡りゆく中で時は一定の速さで流れていき、すでに四十路街道も終着が見えて…
前半を駆け抜けてきたのが◯年前のこと、後半を駆け抜けて◯年目を駆け抜けています。
そろそろ五十路街道の看板が見え隠れする頃、いつの間にか走り始めていると思います。
この世に生まれて◯◯年、ひとつ歳を重ねてしまい、人生の時間も短くなってきました。
長い人生の終わりはどうのようなものか、この数年考えて見るようになりました。

人生はいつもマイペースですが、人生は上手く行かないことが多いと実感。
過去の自分が正しい選択をしてきたのかといえば微妙な選択をしたような気がします。
その時は最良の選択が出来たと評価しましたが再評価すれば微妙な選択かもしれません。
それは「隣の芝生は青く見える」と言いますが「隣の芝生は輝いている」と言うべきか。
周囲を見渡して自分と他人を比較した時、比較することに意味がないと気づきますよね。
長い人生の中で違う道を歩いてきた者同士を同じ物差しで比較するのが無理なことです。
人生の休暇を終えて再始動、この先も一瞬先で闇の中にある人生を歩き続けていきます。
今後どうなるかなんて分かりませんが、少しは楽しみながら先へ進んでいきましょうか。
そう遠くない未来に選択を再評価したとき、どのような結論を出すのかは別な話です。

我が人生はそれなりに上手く進んでいる、それが毎年誕生日に思うことです。
遠い昔から現在に至るまで振り返って、現在から遠い先を考えてみたときのことです。
我が人生ですが山を登ってみたり、谷へ落ちてみたり、平坦な道の上とは言えませんね。
走り続けて疲れたらひと休み、ゆっくり歩いて周りを見渡し、何事もなく歩き続けます。
どこかで立ち止まったとき、どんな景色が見えるのか、ふとした瞬間に何を思うのかな。
流れ行く時の中で歩き続けながら自問自答を繰り返し、時には走り続けていくでしょう。
平坦な道は楽ちんでも楽しくない、起伏な道は変化があって楽しい、そういうものです。
自由気ままで風の吹くままに人生を進んで、思うがままに人生に彩りを与えていきます。
歳を重ねていき、人生の終わりも見え隠れする頃ですが、関係なしに進んでいきます。

あまり嬉しいとは思わないけど、自分で自分に「誕生日おめでとう!」と一言。

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